2016年12月04日

センター 太閤検地のなぜ

太閤検地の狙いは何でしょうか。ひとつは農民の掌握と租税の基礎を固めるために行ったとされています。


そして面積の単位を町、反、畝、歩と定め、ますも統一しました。それから石盛(いしもり)の法といって一反あたりの標準収穫量を定め、年貢の算定の方法を統一しました。


「これで全国で同じ単位で石高を調べることができたんですね。」そうそう。

  面積×石盛=公定の収穫高(石高)

として石高に応じて課税する方法、つまり石盛の法が確立したんだね。


その税率は21民。それから一地一作人の原則を定め、作人を確定させ検地帳二登録しました。


太閤検地によって

農民は土地に縛り付けられて移転の自由を失いました。

従来の複雑な荘園的土地所有関係が否定されました。

封建的な土地支配関係すなわち知行制度がここで確立しました。

郷村を単位として検地し、行政区画の単位として法的に確認され、のちの国、郡、村という

 区画の基礎が出来上がりました。

posted by あまがえる at 14:00| Comment(0) | 日本史 | 更新情報をチェックする
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